ウチのお墓は東京にあります。
東京でお盆と言えば7月中旬なのです。
ということで、先日お盆のお墓参りに行ってきました。
母親が2年前に亡くなり、両親とご先祖様のお墓参りになります。
兄の家族と私の家族でお参りするのですが、子供たちは忙しいようで全員がそろうことはまずありません。
今年は7月13日にお参りしようということになり、13時に現地で待ち合わせました。
13時少し前に到着しましたが、兄家族はまだ来ていませんでした。
先にお墓の掃除でもしておこうと思い、取り敢えずお寺にご挨拶に向かいました。
住職の奥様に「兄は後から来ます」と伝え、お線香とシキビ(サカキと区別できませんが、仏さまはシキビ、神様はサカキと覚えさせられました)を受け取りお墓に向かいました。
下町の狭いお墓なため、お寺を通らず好き勝手にお墓参りがしにくいい環境なのです。
お花代とかお線香代とか、年会費とかシステムがよくわからないので、何か言われるんではないかといつも不安になります。
重複して払いたくもないので、お金のことは兄に任せてます。
子供たちも、一人で別の日に墓参しようとすると、「お金払うの?」とか「勝手にお墓参りしていいの?」とか不安のようです。
お寺も、お金は払えとは言わないのですが、“まさか素通りするんじゃないわよねえ”的な気まずい雰囲気を醸し出しているのです。
“AGAヘアクリニック”ぐらい明朗会計にして欲しいものです。
お墓の掃除をしてると兄の家族が来てお寺にお線香代としていくらか渡していました。
甥っ子が
「お盆って先祖の魂が家に帰って来るんでしょ?」
「家って、実家のこと?お墓のこと? 実家に来てるんなら、みんなでお墓に来たらダメしゃない?」と言いました。
「お墓寄ってから、実家に行くんじゃないの」
と適当なことを言いました。
数年前のお盆の法要の際、住職から「お盆」の由来をお聞きしたことがあります。
お盆はインドの「盂蘭盆(うらぼん)」が由来との事でした。
この盂蘭盆経に、お釈迦様の弟子の木蓮さんのお母さんが、餓鬼(地獄?)で苦しんでいるのを助けようとしたということが書かれているそうです。
木蓮さんは、お母さんを助けようと7/15ごろに修行を終えたお坊さんたちに、食べ物を差し上げました。
すると、お坊さんの功徳からお母さんは救われたという話でした。(多分)
この話に基づきお盆の供養が行われていると理解しています。
言葉の由来は「盂蘭盆」でも、日本の「お盆」は、甥っ子の言う通り、ご先祖様をお迎えしているのです。
お迎えの仕方や、お見送りの仕方は、宗派や各地方でそれぞれの仕来たりがあるのでしょう。
ウチは、提灯を出して、煮物やソーメンをお供えしていたような気がします。
テレビなどでお盆と言えば、精霊流しや爆竹が鳴らされているシーンが思い浮かびます。
“迎え火やキュウリの馬”、“送り火やナスの牛”というイメージもあります。
お墓参りも終わって、
「浅草で食事でもして帰ろうか?」と兄が言いました。
「早く帰らないとご先祖さまが先に着いちゃうんじゃないの?」
「ご先祖様も実家に向かっているんじゃないの?」と答えました。
「さすがに、ご先祖さまも、来るのは夕方だろう」と兄が言いました。
確かに、昼間に霊には出会わないイメージがあります。
それに「“キュウリの馬”よりは早く帰れるだろう」という事になり、食事に向かいました。
ご先祖様!不謹慎な子孫で申し訳ありません。